April 16, 2006

出張決定

 金曜、東京行きの話が本決まりになった。5月なかばから2週間弱。いい機会だ。というわけで、アメリカ大使館にビザ面接の予約をいれ、必要書類の準備にあけくれる週末となった。

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April 12, 2006

EAD(労働許可)カードを無事入手したと思いきや

 先週の木曜になって、上司から「いっしょに東京に行ける可能性はあるか」と聞かれた。日本のM社で同じシステムを使いサイトを運営するため、そのチームのトレーニングに行くのだ。わたしは習いたてといえば習いたてだが、ツールの使い方説明書はわたしが翻訳したし、なんといっても日本チームとどれだけスムースに意思疎通ができるかわからない上司としては、とりあえず日本人を連れて行くことは有益だと考えたらしい。わたしからしてみれば、来年まで帰れないと思っていたので、商用とはいえいい機会である。

 さて。だからといってすんなりオーケイというわけにはいかない。学校のアドバイザーにアメリカ再入国について相談しますと持ち帰るが、なかなか返事が来なくて、月曜になってしかたなく電話をかけてみた。留学生センターの電話応対はほんとひどくて、「何の用だ?」といわんばかりの口調に閉口するが、担当者をつかまえるべく何度かかける。やっとつながって話せば、ビザの更新が必要だという。やはり。カナダで更新って手もあるけど? といわれてもねえ……

 火曜、M社でのわたしの契約が最大限に延長となること、昇給の運びとなることを聞かされた。契約は丸一年が限度なので、あと9ヶ月ほどということになる。通常は3ヶ月単位でしか更新しないらしい――ありがたい話である。とりあえず当座食べていくのには困らない。ふうっ。

 しかし、ビザをもらえる仕事に就くことはまったく別次元の話。わたしは今の仕事が好きだし、すくなくとも英語のハンデをカバーしつつ、細かい仕事で「使える」人間であることを証明できる。できるかぎりつづけたいがそこに安住してはいられない。

 もうめんどくさいから、ビザ更新ができなかったら東京で再就職先、さがそうかなあ。いやいや、これだってそんなに甘くないぞ、とじつはこっちのほうがよけいにこわかったりして。どっちにいってもこういう人間は中途半端で嫌われるんだなあ。

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March 28, 2006

すこしまえの出来事

 しゃべる必要もなく、パソコンに向かっていられる時間はとても贅沢な瞬間なのかもしれない、とぎゃあぎゃあわめきたてたあとで思う。小爆発が中爆発くらいに発展した昨晩、どこにも逃げ出すこともできなければ、頼れる人もいないという事実に気づかされた。たんに忘れていただけだけれど、きつかった。ここは東京ではない。24時間あいているそこそこまともな店などほとんどないしねえ。

 東京にもどることすら現実的ではなかった。移民局への労働許可申請途中なので国外に出てもどってくることはむずかしい。仕事だってやまだ2ヶ月、やりかけなんてものではない。だいいち東京にもどって生活セットアップができるだけの余裕があるのか。どうでもいいから目の前から消えろ、とどなるも、まだたりない! 帰りのきっぷはつねに手中にあるって後ろ向きだろうか? まあ、そのくらいの余地はあってもいいような気がする。

 怒っているせいかぜんぜん寝つけず、3時間かそこら寝て6時おき。治る風邪も治らないよね、これじゃ。

*

 土曜、移民局のページで労働許可申請の進捗状況をチェックする。3月24日付けで申請を許可、書類の発行手続きに入り、できるだけ早く発送する、とある。本当だろうか。受領からまだ約ひと月だ。2ヶ月はかかると聞かされているので、「できるだけ早く」がどういう意味なのかよくわからない。

 土日は求人情報チェックでひたすら落ち込んだだけだった。よく考えるまでもなくわかることである。アメリカの景気はよくなるわけがないし(破綻を避けられるのだろうか?)、そんなときに、時間と金をかけて外人を雇おうなんて会社がどこにある? そんなこと、アメリカに来てみなくてもわかることだ。状況だけを見れは暖簾に腕押しもいいところで、いったいわたしはなにをやっているのだという気持ちがまとわりついて、離れない。

 気分ダウンのまま、新しい週の月曜に突入。朝、身支度をととのえるのもパワーが出ず、バスに乗り遅れる。しかし、デスクにすわると、ふしぎなことに仕事はちゃんとはかどる。5時くらいになってさらにペースはあがるが、時間労働者ゆえ遅れたぶんだけふだんより遅くまでいて、家路に着く。7時40分到着。

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March 19, 2006

税金返還&朝8時のダウンタウン

 なんとか今週も休まず仕事に出かけたが、のど風邪をひいて調子がいまひとつ。月曜、わたしの所属先であるエージェントから連絡をもらい、なんとソーシャルセキュリティ税とメディケア税が今後引かれなくなること、いままでさっぴかれてた分は返還の運びとなることを知らされた。やった! 面倒なやつだと思われようが、正しい主張をしたほうが勝ちである場合も、ある。とりあえず、めでたい。木曜には同じエージェントの担当者が訪ねてきて、M社のカフェテリアでコーヒーをのみながら仕事は順調か、と様子伺い。税金だの就労許可だの、いろいろ面倒かけてごめんね、とフォローを入れる。

 今週は、ふだんの仕事に加え、わたしの上司がつくったトレーニング用文書の翻訳に追われた。上司は4月に日本に飛び、そこでわれわれのソフトウェアの使い方を日本チームに教える、というわけだ。翻訳といってもぜんぶ訳すわけではない。なんといっても新人でこのソフトの使い方を習得したばかりの日本人のわたしには、文書が日本チームにどうすれば理解されやすくなるかについて批評眼を求められ、かつまた日本語環境での使用で想定されるケースをシミュレートすることが期待された。……というわけで、けっこうまじめに働いたというか頭をつかった感があり、そうすると睡眠不足がたたって一気に疲れモード。でも火曜はドナルド・フェイゲンの新譜が出るので、朝はさらに早くダウンタウン経由のバスをつかまえ、8時にボーダーズが開くのでDVD付のスペシャルエディションを購入する。この国の早起きの話はすでに書いた気がするが、まともにCDが買える店が朝8時に開いているとは、にわかに信じがたい。

 でも、ちょっと待った。そんなエディションを買ったところで、まともに再生できる設備がないことに今日になって思い至った。5.1チャンネルなんて、そんなものが再生できるはずはないのだ。パソコンで聴いても意味ないし。……金もないのにコレクター買いというのは、その資格さえないことにようやく気づいたとほほな週末であった。土曜爆睡し、ようやく求人情報に目を通す気力を得る。だめもとでいくつかレジュメを送ってみる。

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March 18, 2006

先週末のミネソタ訪問

 金曜、ミネソタ訪問。朝6時20分のバスで空港へ。ダウンタウンに7時まえに着くような早朝バスがどうしてこんなに満員なのだろう。この国の人が早起きなのはピューリタニズムのせいなのだろうか、やはり。シカゴ乗継で夕刻に到着。〈スピークイージー〉にてママとディナー。しゃべりにしゃべる。翌日は遅めの朝ごはんを食べながらまたおしゃべり。午後、ジェミーのできあがったばかりの家を見に行く。ジェミーはママの末息子。町から15分はかかるほとんど何もない土地にでっかい家を建てたばかり。いろいろなトラブルに見舞われ、建築会社が倒産したかなにかで、途中からはほとんどジェミーが建てたという。4階建てというか、4フロアのメゾネット、といったらいいのか。バスルームだって4つはあった。家族5人で広すぎるくらいの家である。広さはともかくとしても、ジェミーが家を建ててしまうような人とは思っていなかったので、ほんと、いい意味でびっくりしたし、感心してしまった。いまや、りっぱに家族の大黒柱って感じなのである。夕方、シーラとリチャードの夫妻がやってきて、4人でディナーに出かける。モンゴル料理。話題の中心がわたしの今後のビザ問題になってしまい、みんなに本気で心配されてしまう。すくなくとも数ヶ月のあいだでもそれなりの変化はあるはずだ。わたしはこのところずいぶん変化に適応を強いられてきているので、もう感覚が麻痺しているところがあるかもしれない。……というわけで、第三者の意見、セカンド・オピニオンなり、サード・オピニオンなりに耳をかたむけるのは大事なことだし、そういうものが得られるのは貴重だ。シアトルにいては、そういうコネクションはない。

 ママから、新聞の死亡記事や、葬儀で配られたカードなどをもらうことができた。わたしの名前も入れてくれていた。He is survived...で始まる文章で、妻であるママ、息子たち、孫たち、そしてわたしが登場する。こういう発想は、すくなくとも日本語にはないだろう。わたしが来たからといってママのためになにができるわけでもないことはわかっていたが、すくなくともこの訪問をママはよろこんでくれた。とりあえずはこれでいいことにしよう。

 日曜、非常にめずらしいことに、ファーゴ―シカゴ便は揺れておちつかなかった。商用で来たというイギリス人としばししゃべる。アメリカ人とはずいぶんちがうなあと改めて思う。話にたいする姿勢というかなんというか。シカゴで次のフライトを待つ。2時間ほど。なんだか帰りたくなくなってしまった。オヘア空港にこのままいるわけにもいかないけれど。

 家について10時前というのはラッキーだった。が、わたしの「帰りたくない」精神状態がもろに出てしまったかたちで、けんかがはじまり、また疲労。翌朝、通常どおりに出社すべくバスをつかまえる。シアトルは不思議なサイズの街だなあと思う。思いがけないところから、ふだん帰りのバスで見かける人が乗ってきた。乗客の顔ぶれはほとんど同じで、何週間かすれば覚えてしまう。だから悪いことはできない。東京の匿名性というのは、じつはすごいものだったのかもしれないと思う。逆に言えばシアトルはかなり健全で、互いを無視することがむずかしい社会構造になっている。いっぽう、その健全さはある意味小ぢんまり感を生み、「つまらない」というところにもつながる。いつだったか、成田で、シアトルから来たアメリカ人になんでシアトルなんか行くんだ、と言われたことを思い出した。

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March 07, 2006

アメリカの国内線

 金曜にミネソタに行くことにした。決めてしまえば簡単なものだ。飛行機を予約して事情を会社に説明しておしまい。どうしてこれだけのことがもっと早くにできなかったのだろう。

 それにしても、アメリカの国内線チケットはとても高い。東京に帰るほうがよっぽど安い。マイナー都市行きで出発前一週間を切っていたら1000ドルはくだらない、ということがわかった。それも希望の時間の便なんてほとんど空いていないのである。この寒いのに、いったいだれがミネソタに行くんだと思ってしまうが、ようやくスケジュールの折り合いがつく便を見つけて座席予約を試みれば、もう最後列の窓側一つしか空いていない、というありさま。しかたがない。もうなんでもいいやの世界である。

 世界一といってもいい不快なセキュリティチェックをおこなうこの国においては、ちょっと信じがたい混みっぷりだ。

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March 05, 2006

就職と税金

 月曜には、とうの昔に履歴書を提出していた会社から「まだ興味はあるか。最新版の履歴書を送ってくれ」とメールが来た。3ヶ月以上音沙汰がなかったのに、である。あのときは募集枠が埋まってしまったが、また採用があるとのことだった。まったく現金なものである。こちらの状況を簡単に説明しつつ履歴書を送りなおすとやっぱりまた音沙汰なし。要するに人がほしいとなったらすぐほしいわけで、「いまはだめだけど3ヵ月後ならいいよ」というような返事にはのってこないのだ。

 税金ばなし、木曜になって税金担当者からメールが来た。あんたは「レジデント・エイリアン(居住外国人)」じゃないのか、というところで止まっている。わたしが持っている書類をコピーして送ったところで、だからなんなの、と言われて終わりなのが目に見えている。なにかサポート文書をさがさなくては。IRSのサイトをちゃんと開拓しなくては。

 なんて思っていたら、金曜になって税金担当者、Publication 519という文書を調べてメールしてきた。この文書がわたしがどう税金を払わなくてはいけないか示している。当然こっちも研究しはじめていたので、いや、そういう解釈ではない、と反論開始。で、その日は半日メールが行き来するも納得しない担当者が昼ごろ音をあげた。この一件でずいぶん時間をとられている、来週また返事する、と。こちらとしては「それほどお時間をちょうだいするつもりではなかったのですが」というほかない。

 正直言って担当者に同情を覚えるところもあって、あまり責める気にもなれない。なんの予備知識もなしに、Publication 519の文書を正しく読める人なんてなかなかいない、というくらいわかりにくい書き方をしているからだ。気の毒であるが、ばかにならない金額なので、こっちも黙っていませんよ。

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March 02, 2006

ここ数日の停滞ぶり

 朝のバスでメールを読む。新聞の見出しをチェックする。

 ウェブ上にはウィキペディアをはじめとして、だれでも情報を投稿・編集できるページがたくさんある。悪意ある情報操作がいとも簡単におこなえるとか(アメリカの一ジャーナリストが自分の履歴に、ケネディ暗殺に関与していたとかとんでもないデマ情報を書き加えられて、ウィキペディアの体制を非難した)、情報の信憑性に問題がある(たしかに間違っている、古びている、中途半端にしか書かれていない、書きかけ、など)と言われてはいるが、いや、だからといってこれなしですませるのはもうちょっと気が進まないとさえ思えるのだから、慣れというか、「そこにある」強みというのはおそろしい。きょうも、鳥インフルエンザのそういった一般人情報サイトが専門家からも評価をされているという記事を読んだ。必要な情報がよくまとまっているというのだ。

 わたしは目下、税金問題と格闘している。そういえば、と給料から差っぴかれている税金のことに思い至った。学生ビザ(F-1)で滞在していて働く場合、少なくともソーシャル・セキュリティ税とメディケア税は免除になるらしいが、当然会社はそんなこと知らない、といったふうなので、なんとか掛け合わないといけない。で、ろくな知識もなく連邦税務局(IRS)のページになんか行ってみようものなら、もうすごすごと退散するしかない、なんてことになる。ほんと、なにがどこに書いてあるのかさっぱりわからないです。いまはウェブで、とくにブログにみんなが苦労の形跡・教訓を残してくれているので、根気よく探していけば、知識ゼロからでもなんとかなるものだが、しかし。土日そんなことに全時間を費やしているともう、ぐったりだ。周りのだれもこんなことを知らないし、似たような境遇の人は職場にはいない。F-1のまま働いているケースはそれほど多くないだろうし、だいいち、居住者でなく非居住者として働いている人間はわたしの周りで皆無である。孤軍奮闘するには、必要な情報を自力でさがさなくてはならない。

 鳥インフルエンザじゃないが、目線のちがう、送受信レベルのばらばらな情報をきちんと整理するのはどこの国も苦手。役所は役所のものの見方しかしないし、一般人は必要以上に「要約」しすぎたりする。けっきょくのところ、オールインワンな情報源はなく、時間をかけてクロスチェックする以外なさそうなので、やっぱり土日をつぶすのはいたしかたないことだという結論に落ち着く。

 金曜はたいした雪でもないのにバス渋滞、一時間遅れで会社に着く。時給ワーカーなので、朝遅れた分一時間遅くまでいて、いままで試したことのないバスルートで帰る。どこにいるんだかさっぱりわからず、降りるべきところで降りそこねて呆然だったが、隣に座った人に助けられてなんとか帰着。一事が万事こんな感じ。

 ……と書いたものを放り出しておいてもう木曜になってしまった。思うように変更がウェブに反映されず、何が悪くてそうなっているのかがわからない。仕事上での話だ。ちょっと前に直ったばかりの不具合の再燃。いったいどの部署の誰がこれを直してくれるのかさえわからない。もともとブラックボックスは嫌いなたちなので、理由が見えないのはとってもストレスである。

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February 22, 2006

ラテはおあずけ

 今朝はバス停についたとたんにバスの定期とM社の入館証(とでもいうのだろうか。バッジと呼んでいる)を忘れたことに気がついた。ふだんのルートで行けば、乗り換えポイントに小さなカフェがある。いわゆる地元密着型で、無料のWiFiサーボスがあり、ラテやカプチーノなどスターバックスより50セントほど安い。週に一回くらいはコーヒー買っても罰は当たらないよね、ときょうその店に寄るのを楽しみにしていたのがそれどころではなくなってしまった。またしてもダウンタウン経由の遠回りである。

 案の定、重要な品々はコートのポケットに入れっぱなしだった。いくら疲れていたとはいえ、前の晩に確認をおこたってはいけないのである。月曜に財布は忘れてもなんとかなったが、バス定期と入館証なしではにっちもさっちもいかない。

 ここ数日、読書がはかどらないのが痛い。余裕がなくなっている証拠。いま読んでいる本はどちらかというと落ち着いて読みたいものなのに、調べ物をしたいと思いながらなかなか手が回らず、ほったらかしにしていて、結果として本にもどるたびにひっかかったことが片づいていなくて、いまひとつ気分的に「乗らない」のである。そんなことを言っているとあっというまに時間は過ぎてしまい、もう2月も後半。

 上司のAは今日からオーストラリア出張。各国のサイトは、それぞれ米国と同様の英語版社内ソフトウェアを使ってコンテンツを分類・整理する。その使い方を指導をするのが彼女の役目で、4月か5月には日本にも行くそうである。はたして日本語環境でこのソフトはどこまでコンテント・マネジメントができるのか。やってみないとわからないことがたくさんあるだろうなあ。思想がちがうのだから、右から左にはいかないよな、と思う。

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February 20, 2006

プレジデント・デイは仕事?

 きょうはプレジデント・デイでいちおう休日ということになっている。しかし、アメリカの休日というのはわたしのような外人にとってはとてもやっかいなしろもので、会社や学校が休みかどうかいまいちはっきりしないのだ。おおむね「みんな休み」といえるのは、独立記念日、メモリアル・デイ、サンクスギビング(感謝祭)、レイバー・デイ、クリスマスくらいではないだろうか。こないだのマーティン・ルーサー・キングの日もM社は通常どおりでワシントン大は休み。先週の金曜にプレジデント・デイの出社について確認しそこなったので、とりあえず行くしかない、と覚悟をきめた。しかしバスは普段使う路線のうち、片方は間引き運転、もう一方にいたっては全面運休というありさまだ。かくして、ダウンタウン経由のたいへんな遠回りをしての出勤となった。おまけに財布と手袋を忘れたことにバスの中で気がついた。やれやれ。……そして。結果として、ちゃんと会社に行って大正解だった。休日なんてどこ吹く風で、訊くのも億劫になるくらいだった。

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February 19, 2006

お別れ

 きのう昼過ぎに電話が鳴った。かつてわたしのホストファミリーになってくれたミネソタのパパが午後に亡くなったという。あまりに急である。術後の具合はどうかと電話しようかと思っていた矢先だった。とても寒いミネソタの、とてもさびしい冬の日だとママは言った。どんなに寒いかは想像がつくけどさびしさについては言葉がない。

 シアトルは快晴だった。土曜で、銀行に行ったり買い出しに行かなくてはならなかった。おくやみのカードを用意し、お花を贈ることにした。たぶん遠くから祈ることしかできないだろう。

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February 15, 2006

山々と海と湖とに囲まれて

 ぽかぽかだった日曜から一転、ここ数日はまた気温がさがって0度くらいなので、バスを15分待つのもけっこうしんどい感じ。きりりとした寒さで、雪をかぶったレイニエ山をはじめ、カスケード山脈のつらなりがこの世のものとは思えないほどの美しさである。とくにレドモンドの会社から、そして、ワシントン湖のフローティングブリッジの上からの眺めはほんとうにきれい。ほかにもシアトル市内でバスに乗っていて、西にある山々(オリンピア山と思われる)が建物の谷間に見えたときはびっくりした記憶がある。なんといっても坂のアップダウンの多い町、ちょっと上ったり下ったりするだけでぜんぜん違う景色が見えてくるからおもしろい。たまに顔をあげてみると思いがけない発見があったりします。

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バレンタイン・デイの雑感

 帰りの2本目のバスは終点まで乗るので、途中からわたしの貸切になることも多い。昨日の帰りもそうで、バスの運転手と話していたら、朝は3時起きで家に帰るのは8時をまわっているという。朝は病院で働いていて、午後からバスの運転手。家に帰ったらもう夕飯と朝ごはんを作って食べるだけで、なんにも悩んでる暇はないよ、と笑う。でも気に入っているのは、朝起きて回りがとても静かで、体を動かしたりしながら世界がまるで自分だけのものになる時間――そういう時間が必要なんだよ、という。そうそう、そうなんだよねと首肯する。いまのわたしは、バスの中でなにか読んだり、パソコンに向かっている以外に、ほとんど自分のペースで動ける時間がなく、30分でいいからいいかげん勝手にさせてくれという気持ちになることがある。人間、こういう気質というか、本質的なところはどこでなにをしていても変わらないものだなと思う。

 雪がうっすらと屋根に積もっていた今朝。友人からのメールで、バレンタイン・デイだと気がついた。添付メールがついていて、パワーポイント形式の電子カードだけれど、よくよく見るとチェーンメールらしき文面が含まれているではないか。3通送ったら願いがかない、5通送ったらさらに願いがもうひとつかなう。ったく……悪い友人じゃないので悪意はないと思いたいが、ノートン(セキュリティソフト)がへんな反応をしたのでそっちのほうが心配になってきたぞ。

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February 12, 2006

郵便料金値上がりしていた!

 あわただしい日曜。掃除洗濯買い出し。OPT申請の書類をととのえ、パスポート用の写真をとり、必要なコピーをとりに行く。切手がほしくて、店を何か所かたずねたが、39セントのしか置いてないという。あれ? 普通郵便は37セントじゃなかった? と首を傾げながら帰路につき、ネットで調べると、なんと1月8日から新料金になっているではないか。知らずに旧料金の37セント切手で郵便をずいぶん出していたがはたしてそれらはちゃんと届いているのだろうか? 日本のように受取人から不足料金+手数料をとりあげる、なんてことがないといいんだけど……と祈るばかりである。お礼状を出して迷惑をかけていてはどうしようもない。知らぬというのはほんと、恐ろしいことだと実感。

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February 11, 2006

凡ミス

 ところで、わたしが今いる部署(といっていいのかいまだよくわからない)はパブリッシング・チームである。パブリッシュということばはイコール「出版」である――わたしは長らくそう決めてかかっていた。だから本なんか出していないのに「出版チーム」にいるというのはとても変で、納得がいかない。辞書をひくと、英語のパブリッシュというのは日本語の出版という意味よりもずっとずっと広い意味をもっているらしい。そういえば、ブログを公開するとき、原稿を整えたのちクリックするキーは「パブリッシュ」である。おおやけにする、人の目にさらす、というのがざっくりしたこの言葉の意味であるなら、日本語の「出版」の意味するところはパブリッシュのほんの一部ということになる。「文書・図画を印刷してこれを発売・頒布すること」(『広辞苑』第五版)というのが出版の辞書での定義。うーん。

 しかしながら、「パブリッシュ」にたいする基本的な素質というか、求められる能力というのは出版・パブリッシュ両者について大差ないなあと働き始めて3週間がたった今になって思う。人目にふれるコンテンツを提供するなら、やっぱり間違いがないほうがいいに決まっているし、だからよくよく推敲してから情報は出さないといけない。しかし。作業はすべてパソコン上でおこなわれる。ゲラを眺めることもなく、当該ウェブサイトと使用するソフトのインターフェイスの上ですべてを行わなくてはならない。ソフトウェアにスペルチェックなんて機能はもちろんない。英語の大文字I(アイ)と小文字のl(エル)は書体によってはまったく見かけは同じだし、いくらモニタが21インチだからって、膨大な量の文字はせいぜい10ポイントくらいの大きさにしか表示されない。よそから送られてくるデータの精度が低いだの、分類ミスが多すぎるだのとわたしは不満をもちつづけているが、「そういうあんたがスペルミスしてるんじゃない」という事態がきのう起きた。ボスに言われるまで気がつかなかったー! Mixers がMIxersになっていたという単純ミス。注意力の問題だけど、たとえばこういう絶対にスペルミスしないような単語にたいする注意はえてしておろそかになるもの。カプチーノ、なんて打つときは、pやcが重なることに気をつけるけど。来週はしゃきっといきましょう。

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February 09, 2006

ヤマナカのリーディング

 きのうの晩は会社から家に直行ではなく寄り道してみた。といっても、事前にちゃんとプランをたてて(おおげさだなあ)、何時のバスをつかまえて何時にもどるとちゃんと伝えたうえでの話。行き先は、とある書店がおこなう作家の新作リーディング・イベントである。ロイス・アン・ヤマナカ。わたしにはなじみの名前だ。いったことのない図書館が会場だというので、はたして行き着けるかどうかもわからないが、とりあえずトライするくらいはして罰はあたらないだろうと思って。

 バスルートでさんざん苦労したあげくたどり着いた図書館は改装されたばかりで、ロッジ風のなかなかモダンなつくりだった。25人ほどが集まったヤマナカのリーディングは新作本の生まれた背景についてのトークで始まった。あっというまに人をひきつけてしまうしゃべり。豪快なおばさん、って雰囲気もあるが、いやはや、ひとたび小説の冒頭を読み始めたら……圧倒された。とってもパワフルで、生まれながらのストーリーテラーだとしかいいようがない。朗読のレコーディングは出さないのかって、あとで観客から質問があったくらいだ。どうやらそんな話も持ち上がっているらしい。

 8時過ぎに図書館を出て、家に着いたらもう10時過ぎ。やれやれである。帰りのバスも波乱含みで、ネットで調べたバス停情報はまちがっているし、やっと乗れたら乗れたで、隣にすわったおじさんが話し始めてとまらないのでうたた寝もできず、かえってテンションあげざるをえなかったし。途中、車椅子の夫婦がバスに乗りこんできて、近くに座っていたわたしはシートベルト着用補助として運転手に手を貸すなんてこともあった。そうこうしていると、あっというまに30分以上バスは遅延するのだった。やっぱりここは時間の流れがちがうなあと思う。

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February 04, 2006

勤務開始2週間目終了

 一日ぼうっとしていて何事をするにも集中力を欠いています。こういうときは新聞を読み散らかすのがいちばん、と思い、このところためていたニューヨークタイムズの日曜版3週間分ほどに目をとおしたら、また疲れてだめだこりゃ、です。

 金曜のきのう、ようやく学校から労働許可の書類がとどきました。もう2週間はたらいてるよー。でもだいじょうぶ、ちゃんと手続きはすんでいるから違法ではありません。

 わたしがいまこうして米国で働けるのはCPTという制度のおかげです。カリキュラー・プラクティカル・トレーニング。F-1という学生ビザ取得者が授業・単位取得にかかわる労働(たとえばインターンシップ=実習)をするにはこれの申請をしなくてはなりません。年末年始に日本にいたさい、ああだこうだメールやファクスで学校とやり取りをつづけること2週間、なんとかデッドラインまでに手続きを完了することができた、という経緯があります。(ほんとは学校の主催するセミナーに出席し手続きをおこなわないといけないところを、なんとか無理を聞いてもらっての遠隔操作でした。担当してくれた人たちに感謝しないといけません)

 で、手にした書類が、新しいI-20だったのでびっくりしました。これはF-1学生にとって出入国の際になくてはならない大事なものですが、その書面に、いつからいつまでどこで働いてよい、という記載が加わっていただけだったのです。なにかもっと特別な書類が送られてくると思っていたので、拍子抜けでした。

 こういうつまらないことが意外とわからないものです。学校もCPT出願のプロセスは説明していても、どういう形で認可が下りどうそれがどういう形で提示されるか、じつはこういう情報、はっきり表していません。まわりに同じような境遇の人がいないので、よけいにわからないでいるのかもしれませんが。

 CPTがなんとかなってほっとするもつかのま、今度はOPTというのをなんとかしなくてはいけなくて、ぼやけた頭で学校の情報学部の担当者にメールをしました。OPTは卒業後に認められる就労許可でオプショナル・プラクティカル・トレーニングと呼ばれるもの。これも認可がおりるまでに時間がかかるとか、CPTを長期で申請するとOPTの期間を減らされるとか、ウェブをみるといろんなことが書いてあります。わたしの場合はうまくいけば、いまの仕事をフルタイムでしばらくは続けられるので、先のCPTからスムースにOPTに移りたいという意向があり、いまのうちに手続きを、と思ったのでした。

 OPTというのがなんなのか、いまだよくわからないながら、これはビザではない、ということは学習しました。要は卒業後も1年間(推定)、学生ビザの身分のまま就労が許される、ということのようです。実質的にはこの期間がアメリカでの就職活動期間になるらしくて、つまりはここから就労ビザ(H)へのいばらの道へ突き進むことになるようです。はあー。だいたい、アメリカ人だって職探しに苦労してるのに、ろくに英語もしゃべれない人間がどうやって太刀打ちするんだろうと根底では思うので、たぶんHビザにつながるような仕事に就けるのは宝くじにあたるようなものだと、突き放して見るほかありません。なるようにしか、ならないよね、と。

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January 30, 2006

雨の朝に

 きょうもまたひどい雨である。きのうからずっとコンスタントに降り続いていて、ちょっとここまで連続というのはめずらしい。

 この文章を、仕事場へ向かうバスの中で書いている。シアトルのバスについてはかねがね不思議に思っていることがいくつかあって、そのうちのひとつが運賃の支払いについてだ。どう考えても乗車のさい(あるいは降車のさい。バスの行き先によってちがうのでやっかい)に払わないで言い訳している人たちがいる。財布を忘れた、とか単に金がない、とか小銭の持ち合わせがない、だれか持っていないか、など他の乗客に尋ねている場合もある。で、バスの運転手も運転手で「じゃあ今度は払ってね」という具合で、どうもあたりが強くないのだ。当初わたしはこんな風景にひとり仰天していて、どうしてこんなにのんびりしているんだろうと思っていた。いまでもその思いには変わりないが、けさ、土砂降りに近い雨の日、始発のバスに乗っていて、あるおじさんがパスを忘れたといって運転手に説明していたとき、ああ、こんな天気で、バスなんてせいぜい30分に一本しかなくて、乗り継ぎだってそんなにうまくいかない環境のなかでは、ルールはルールとして存在するとしても人は人にやさしくならざるをえないのかもしれないなー、などと思った。いろんなことが不自由な場所(たとえば、だだっぴろい国土)では人は自然と助け合う。東京みたいなとっても便利な場所では、たとえば会社に1分遅れても遅刻は遅刻。それは電車がかなり頻繁に、それも時刻に正確に走っているからだ。電車のなかで寝たふりができるのも、ほかに席がいっぱい空いているからなにも自分が他人に席を譲らなくてもなんとかなることを知っているから(だと思う)。というわけで、けさはまた環境って人をつくるなあと改めて実感したのでした。

 帰り道、雨がやんでいて、暗い空にも晴れ間がすこし。ああ、傘をささずにすむのがこんなにらくちんだなんて!

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January 29, 2006

はじめの一週間

 フル出社の一週間が終わり、はじめての週末です。土曜は銀行にいかなくちゃいけなかったし(日本と違って午後2時くらいまでやっているところが多いのはありがたい。平日も9時から6時が平均の営業時間ではないか。この点はすばらしい)、やれ洗濯だ、掃除だ、買出しだ、であっというまにおしまい。おまけに、今の仕事は学校的にいえば「インターン」なので、ウェブ上の掲示板に報告をアップロードしなくてはならない。平日、家にもどって机に向かう時間は30分ほどしかないので、こういうものは週末に片付けておかないと、と思い、仕事の経緯、気づいたことなどを書く。前の仕事(編集)と変わらないのは、きちんと間違いを見つけておかないといけないこと。しかし、その対処法が180度ちがうのだ、などなど。つまり、データの入力ミスみたいなものを「検索機能」でカバーするように仕向ける、というのが基本姿勢だ。データはすでにオンライン上にあり、直すことができない。よって、その間違いデータが検索ではじかれないよう、「細工」が必要となり、わたしはその細工要員なのだということを認識した、と書いてみた。これはちょっと新しいものの見方です、わたしにとっては。

 水曜。電話が設置された。その前の日にメールアドレスがもらえて、あなたのデスクに24時間以内に電話が設置されますと知らされていたが、ほんとにそうなった。
 木曜。建物の出入りに必要なカードキーおよび身分証明のバッジがようやく発給の運びに。ずいぶん離れたところにある「メインキャンパス」のなかのひとつにバッジを作ってくれる部署があり、シャトルバスを呼んでそこに行く。その場で写真をとり、晴れて自由に動ける身分に! 仕事で必要なソフトウェアを使うのも、ようやく今日から可能となる。会社の巨大システムに認識されない人間はなにもできないのだ。帰り、大渋滞でバスに缶詰。家に帰ったら8時半近くてボロボロである。
 金曜。今日からやっと具体的な任務にとりかかる。イェイ! 30時間の勤務を終えたところで学校に出さなくてはいけない書類があり、上司からサインをもらったり、わたしの仕事の評価基準について訊ねたり。
 土曜。前述どおり。
 日曜。学校に卒業後のアメリカでの勤務のための申請をそろそろしなくてはと思い、再度質問のメールを出す。このへん、複雑でまだよくわからない。昨年末から年始にかけて、いまのインターン用に同様の手続きをとったばかりだが、今度は180ドル払えというし、さらに必要書類が増えているようでめんどくさいことこのうえない。

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January 24, 2006

帰り道、はからずもバスで爆睡

 M社での勤務2日目が終わりました。朝6時起床。バスルート開拓の末、7時44分のバスに乗り、帰りは7時ちょい前、という基本スケジュールを確立しました。しかしまあ、8時間勤務でどうしてこんなに時間がないんでしょう! 往復の通勤で3時間近くとられるというのはこういうことかと、身をもって知りました。仕事そのものは……「たいへん」だといいたいところですが、そうでもないです。強がっているわけではなく、ね。そりゃちがう環境に行くのだからそういう疲れはあるけれど、国内にいても外国にいてもそれは同じ。自分の経験に照らし合わせていえば、仕事のスタイルのちがい、そして仕事そのものの密度、だいぶ日本のそれとは異なります。ずいぶん頭つかってないんだけど、こんなんでいいの? というのが正直なところ。もうすこし状況を観察したうえでこれがなんなのか考察したいと思います。

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